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山口地方裁判所 平成9年(ワ)82号 判決 1998年7月15日

原告

福島一

右訴訟代理人弁護士

内山新吾

田中礼司

被告

フットワークエクスプレス株式会社

右代表者代表取締役

大渡

右訴訟代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

松下守男

竹林竜太郎

主文

一  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

二  被告は原告に対し、金六八四万九一六〇円及び平成九年五月から本判決確定に至るまで、毎月二五日限り、金四二万〇四八七円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  主文第一項と同旨

二  被告は原告に対し、金七一四万八二七九円及び平成九年五月から本判決確定に至るまで、毎月二五日限り、金四二万〇四八七円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員として勤務していた原告が、被告から受けた諭旨解雇処分の効力を争い、被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認を求めるとともに、平成七年一一月二日付右解雇処分後の平成七年一一月一六日から平成九年四月一五日までの賃金合計金七一四万八二七九円及び同年五月から本判決確定に至るまで、支払期である毎月二五日限り月額賃金四二万〇四八七円の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 被告は、貨物自動車運転事業等を業としている株式会社である。

(二) 原告は、被告との間で、昭和四五年一〇月一六日、労働契約を締結し、以後、被告の長距離トラック運転手として稼働していた者であり、平成七年一一月二日当時、山口市内所在の被告山口店に勤務していた。

また、原告は、全日本運輸一般労働組合フットワークエクスプレス新労組支部(以下「新労組」という。)の組合員である。

2  本件事故の発生

原告は、平成七年九月一九日午前零時三〇分ころ、被告の業務として被告尾道店から同山口店まで一一トントラック(以下「本件車両」という。)を運転中、広島県尾道市内の幅員約六・五メートルで、進行方向左側角に民家がある交差点(以下「本件交差点」という。)を左折した際、右民家の敷地に駐車中の乗用車(以下「被害車両」という。)の後部に本件車両を接触させ、被害車両に損傷を与えた(以下「本件事故」という。)。

なお、被害車両の修理費用は、金一一万三〇八三円であった。

3  解雇処分等

(一) 被告制定の就業規則(以下「本件就業規則」という。)第一四二条四号、一三号ないし一九号は、次のとおりである。

第一四二条 懲戒解雇の基準は次の通りとする。但し、その情状により諭旨解雇、降職(含等級号)又は出勤停止にとどめることがある。

四号 故意又は重大なる過失により会社に損害を与えたとき。

一三号 著しく会社の名誉信用を失墜する行為をおこなったとき。

一九号 その他前各号に準ずる行為があったとき。

(二) 被告は、本件就業規則一四二条四号及び一三号に基づき、平成七年一一月二日付けで原告を諭旨解雇する(以下「本件処分」という。)旨の意思表示を行い、以後、本件処分を理由に、原告の労働契約上の権利を否認している。

4  賃金等

原告の本件処分直前三か月の平均賃金は、月額金四二万〇四八七円であり、賃金の支払は、毎月一五日締めの当月二五日払の約定であった。

なお、原告は、被告から平成七年一一月一五日までの賃金を受け取った。

5  中間収入

原告は、本件処分後の平成九年二月二四日から同年四月一五日まで宇部市営バスの嘱託運転手として雇用され、次のとおりの賃金の支払を受けた。

平成九年二月二四日から二八日までの分 金三万〇四五〇円

同年三月一日から三一日までの分 金二〇万〇九五〇円

同年四月一日から一五日までの分 金九万六五五〇円

総額 金三二万七九五〇円

二  争点

1  本件処分は、有効といえるか。

(一) 原告には、懲戒(諭旨)解雇処分該当事由としての本件就業規則一四二条四号、一三号または一九号に該当する事由があるか。

(二) 本件処分は、解雇権の濫用か。

(三) 本件処分は、不当労働行為に該当するか。

2  中間収入を本件処分後の賃金から控除できるか。それはどの範囲で認められるか。

(争点に関する当事者の主張)

1  本件処分は、有効といえるか。

(一) 原告には、懲戒(諭旨)解雇処分該当事由としての本件就業規則一四二条四号、一三号または一九号に該当する事由があるか。

(被告の主張)

(1) 原告は、本件事故に際し、被害車両に損害を与えたことを認識しながら、あえてこれを放置し、いわゆる当て逃げをした。

<1> 本件車両及び被害車両の各損傷状況によれば、原告は、本件事故の際、相当の衝撃を受けていたはずであり、最初から自分が事故を発生させたことを認識していた。

<2> 原告は、本件事故の後、通常立ち寄ることのない高坂パーキングエリアで停車しており、事故発生直後に車両との接触の懸念を強く抱いていた。

<3> 原告は、被告山口店店長下津宗一(以下単に「下津」という。)らからの事情聴取に対し、率直に本件事故の責任を認めず、不自然、不可解な弁明を繰り返した。

(2) 原告は、被告に対し、故意に本件事故の報告を怠った。

<1> 原告は、平成七年九月一九日、本件事故の直後に立ち寄った高坂パーキングエリアまたはその後到着した被告山口店で本件車両を点検し、その損傷に気づいたにもかかわらず、同日昼ころ、同店の従業員中村圭子(以下単に「中村」という。)から本件事故に関する質問を受けながら、「そんなことはなかった。」と本件事故を否認した。

<2> また、原告は、同日夕方から翌二〇日にかけて、被告山口店と同三次店の間を往復運転する業務に従事し、被告に勤務する運転手は、同山口店に帰着した際、同店事務所において事務処理をする扱いになっていたにもかかわらず、同日午前に同山口店に帰着した後も、同店事務所内に下津がいたことを知りながら、同人に何らの本件事故に関する報告をせずに帰宅した。

<3> そして、原告は、翌二一日、同店に出勤し始業点呼が終了した後も、下津に対し、何らの報告もしなかったため、下津が原告を呼び止めて追及したところ、ようやくそれに応じる形で、本件事故に関する回答をした。

(3) 原告は、本件事故が被告に発覚した後も、次のような不誠実な行状に終始した。

<1> 原告は、右(2)<3>の事情聴取の際、下津に対し、率直に本件事故を発生させた事実を認めようとせず、前記(2)<2>のとおり、同月二〇日午前中、右事務所にいた下津に本件事故の件を報告しなかった理由についても、下津の姿が同店の構内に見あたらなかったとか、本件車両の損傷がこの程度ならよいと思った旨の回答をした。また、原告は、その後の下津らからの二度目の事情聴取時においても、本件事故につき、不自然、不可解な弁明を繰り返した。

<2> 他方、原告は、下津に対し、本件事故を被告尾道店店長との間で内々に処理してほしいと依頼したり、被害車両の所有者の父親に対し、自ら電話で穏便な解決を依頼して、本件事故をもみ消すための工作をした。

<3> また、原告は、被告から、本件事故当時、本件車両に装着していた本件車両の運転に関するチャート紙の提出を求められたのに対し、本件事故が被告に発覚するのを防げるため、装着忘れであると弁明し、これを破棄した。

原告による右(1)ないし(3)の各行為は、被告の企業としての社会的信用及び被告の社内規律秩序を乱す行為であり、本件就業規則一四二条四号、一三号または一九号に該当する。

(原告の主張)

(1) 本件事故は、被告の主張するような当て逃げではない。

<1> 原告は、本件事故発生の時点において、「ボン」というような音を聞き、車体が少しバウンドするのを感じたが、現場付近が暗く、被害車両の存在に気づかなかったため、被害車両と接触したことが原因で音やバウンドが発生したという認識をもたなかったものにすぎない。

<2> 原告は、たまに高坂パーキングエリアに立ち寄り停車しており、本件事故の際も、本件事故があったから立ち寄ったものではない。

<3> 原告は、下津らからの事情聴取に対し、受動的ながら本件事故を報告し、自らの責任を認めたものであり、何ら不自然、不可解な弁明を繰り返してはいない。

(2) 原告は、下津に対する報告を故意に怠ったのではない。

<1> 原告は、本件事故の後、高坂パーキングエリアで停車して、本件車両の周囲を見て回ったが、傷には気づかず、被告山口店に帰着した際も、本件車両の点検をしなかったため、平成七年九月一九日昼ころ、同店の中村から本件事故に関する質問を受けた際には、本件車両の損傷に気づいていなかった。また、中村の右質問は、尾道店の構内で何か事故があったかとの趣旨であったため、原告は、「知らない。」と答えたにすぎない。

<2> 原告が同日(ママ)二〇日、本件車両の損傷に気づきながら下津に報告をしなかったのは、仕事に疲れ、本件事故を起こしたことが本当ならどうしたらよいのかという混乱した心境のもと、下津の姿が同店の構内には見あたらなかったことから、同店事務所内に入ってまで積極的に同人を探さなかったからにすぎない。

<3> そして、原告は、同月二一日、下津に対し、受動的ながら本件事故の報告をした。

(3) また、原告は、本件事故が被告に発覚した後、被告の主張するような不誠実な行状をとっていない。

<1> 原告は、下津らからの事情聴取の際、前記(1)<3>のとおり、被告に対して本件事故の責任を認める態度をとっていたものであり、不自然、不可解な弁明はしていない。

<2> 原告は、下津や被害車両の所有者の父親に対し、前記(被告の主張)(3)<2>のとおり本件事故の穏便な解決を依頼しているが、いずれも、本件事故をもみ消すための工作として行ったものではない。

<3> 本件事故の当時、原告は、たまたまチャート紙の装着を忘れていたものであり、証拠堙滅を図るため破棄したものではない。

よって、原告の右(1)ないし(3)の各行為は、本件就業規則一四二条四号、一三号または一九号には該当しない。

(二) 本件処分は、解雇権の濫用か。

(原告の主張)

(1)<1> 本件事故により生じた被害額は金一一万三〇八三円で、被告の懲戒基準運用細則に示された懲戒すべき基準(二〇万円以上)に満たない事例である。

<2> 本件事故は、夜間暗くて見通しの良くない本件交差点を左折する際、道路上にはみ出して駐車していた被害車両に本件車両が接触したものであり、原告のみに落ち度があるものではなく、態様として悪質なものではない。

(2) 本件処分は、本件事故と同種の当て逃げ事故を起こしたことを理由とする次の<1>ないし<3>の各事例に対する被告の処分結果との関係において、不均衡である。

<1> 昼間、交差点を左折進行する際、停止中の乗用車に接触させ修理額金四〇万円にも及ぶ損害を発生させながらそのまま走り去った運転手に対し、下車二週間の処分とした。

<2> 発進の際、自車のドアを隣に駐車中のトラックに接触させ修理額金一八万円に及ぶ損害を発生させながら傷に気づかず立ち去った運転手に対し、何らの処分もしなかった。

<3> いねむりのため駐車中のトラックに気づかず接触し、そのまま走り去った運転手に対し、諭旨解雇処分を行ったが、この場合、本件事故より被害車両の損傷の程度が大きく(修理額二七万円)、自車のミラーを損傷しており、事故発生につき、運転手が認識していたことは明白であるのに、事故後、虚偽の報告をし、内密に修理依頼したもので、右運転手には事故歴も多かったことを加味すると、本件とかなり事情が異なり、より悪質な場合である。

(3) 原告は、後記(被告の主張)(3)のとおり、同僚に対する傷害事件を理由に三日間の出勤停止処分を受けているが、相手方も処分を受けており、それ以外の原告の従前の勤務態度は、良好なものであった。

また、原告は、本件事故を起こすまで無事故、無違反を続け、被告から安全運転(二〇年)の表彰を受けた。

以上によれば、本件処分は不当であり、解雇権の濫用である。

(被告の主張)

(1)<1> 被告は、本件事故以前にも、被告の業務に従事中、当て逃げ事故を起こし、報告を怠った従業員を解雇処分としている。

<2> 本件交差点は、夜間とはいえ、照明により十分明るく、道路の幅員も広い場所であり、被害車両も路上にはみ出して駐車していたものではない以上、本件事故の原因は、原告が、左折の際、十分に安全を確認しなかったという初歩的な注意義務違反によるもので、悪質なものである。

(2) 前記(原告の主張)(2)<1>ないし<3>の事実は、次のとおり、本件処分と比して不均衡とはいえない。

<1> 同<1>の事案は、被害車両が道路でもないところから突然出てきたため、これを予期していなかった運転手が右車両に気づかず接触した事案である。

<2> 同<2>の事案は、当て逃げではなく、運転手は事後、誠実な対応をした事案である。

<3> 同<3>の事案は、概ね原告の主張どおりで、そのため、本件処分と同様に諭旨解雇処分としたものである。

(3) 原告は、昭和五七年二月一二日付で、同僚に対する傷害事件を理由に、三日間の出勤停止処分を受けたほかにも、誤着が多かったり、被告の車両を無断で持ち出したり、車両に損傷を生じさせても被告に申告しないなどの不祥事も多く、被告からの再三の注意にも横柄な態度で素直に反省することがないなど勤務態度に問題が多かった。

(4) 被告は、本件処分につき、原告が被る不利益を考慮して、諭旨解雇とし、原告に対し、退職金の半分を支給した。

以上によれば、本件処分には相当の理由があり、解雇権の濫用ではない。

(三) 本件処分は、不当労働行為に該当するか。

(原告の主張)

前記(二)(原告の主張)(2)<1>ないし<3>の各事例は、新労組組合員でない被告の従業員に対する処分であり、新労組組合員である原告に対する本件処分との関係で不均衡であるところ、次の各事実によれば、被告は、原告が新労組組合員であることを理由として、あえて不利益な取り扱いをする意思のもとに本件処分を行った。

(1) 被告は、平成五年から着手した「新業務体制」と称する合理化計画の実施に際し、新労組が反対する姿勢をとり、真っ向から対抗したため、これを敵視するようになり、新労組の適法な争議行為に参加した組合員を処分したり、右争議行為に関して被告山口店で事実に反する訓示をしたが、これらの処分等については、平成七年七月、大阪地(ママ)方労働委員会より、労組法七条三号に該当する不当労働行為と認定された。

(2) 被告は、平成八年九月、玩具銃が他の従業員に当たったという些細な出来事を口実に新労組書記長を懲戒解雇処分し、平成九年二月、配転命令拒否を理由に新労組組合員を懲戒解雇処分にしたが、これらの処分については、それぞれ裁判所から右各解雇を無効とする仮処分決定を受けた。

(3) 被告は、平成七年、新たに実施した合理化計画を受け入れない新労組組合員に対し、処遇や手当などを他の組合に加入している者との間において、差別的に対応したり、平成五年以降、新労組の組合員に対する組合脱会(ママ)工作を行った。

(4) 被告において、平成五年以降、何者かによって、新労組やその組合員を誹謗、中傷する内容の落書き及び文書の配布、組合員の車の破壊並びに組合員の自宅に対する無言電話等といったいやがらせ行為が継続しているが、被告は、右組合攻撃を認識しているにもかかわらず、これらにつき十分な調査や防止対策を採らなかった。

(被告の主張)

前記(二)(被告の主張)(2)<1>ないし<3>で述べたとおり、本件処分は、他の処分との関係において不均衡なものではなく、被告が原告に対し、新労組組合員ゆえに不利益な取り扱いす(ママ)る意思で行ったものではない。

(1) 被告が提案した新業務体制及びその後の合理化計画に対し、新労組が強硬な反対の姿勢を示し続けたのは事実であるが、被告は、その都度、反対する新労組と交渉を重ねてこれを解決してきたものであり、被告と新労組との関係を慢性的な対立関係と捉えることはできない。また、新労組の争議行為は、被告の労務指揮権を侵害、排除する性格のもので、適法な争議行為の範囲を逸脱した違法なものである。

なお、前記(原告の主張)(1)の行政処分に関する取消請求訴訟は、裁判所で係争中である。

(2) 前記(原告の主張)(2)の各懲戒解雇処分は正当なものであり、各仮処分決定に対する本案訴訟は、裁判所で係争中である。

(3) 被告は、新労組の組合員に対し、差別的な対応をしたことはなく、かつ組合脱退工作もしていない。

(4) 被告は、前記(原告の主張)(4)の新労組及びその組合員に対するいやがらせ行為につき、なしうる調査や防止対策を誠実に履行した。

2  中間収入を本件処分後の賃金から控除することができるか。それは、どの範囲で認められるか。

(被告の主張)

前記一争いのない事実5の原告の賃金収入は、本件処分後の中間収入として、全額につき被告が支払うべき賃金から控除すべきである。

(原告の主張)

(一) 本件の場合、原告の再就職が必ずしも容易ではなく、本件処分の効力を争うために相当な期間を要するため、原告が生活維持のためやむを得ず就労したという特段の事情が認められる場合であるから、右賃金収入について控除を認めるべきではない。

(二) 使用者の帰責事由による休業の場合、労働者には、平均賃金の六割の手当が保障されている(労基法二六条)ところ、前記賃金収入は、前記一争いのない事実4の原告の本件処分直前三か月の平均賃金の六割に満たないことから、被告が支払うべき賃金相当額から控除することは許されない。

第三争点に対する判断

一  争点1(一)(原告には、懲戒(諭旨)解雇処分該当事由としての本件就業規則一四二条四号、一三号または一九号に該当する事由があるか。)について

1  本件事故及びその後の経緯

本件事故及びその後の経緯は、次のとおり認められ、これに反する証拠は後記のとおり信用することができない。

(一) 原告は、平成七年九月一九日午前零時三〇分ころ、本件交差点を左折するにあたり、左側角の民家に被害車両が駐車してあることを意識することなく、減速をせずに進行したところ、本件車両の左側後輪付近を被害車両の左側後部付近に接触させ、被害車両の後部リヤバンパー左端部分及び後部左側ウインカーレンズを損傷させるとともに、本件車両の左側後輪タイヤサイドウォール部及び左側サイドガード最下段の後輪付近の長さ約一メートルから一・五メートルにわたる部分にそれぞれ擦過痕が残る損傷を発生させた(<証拠・人証略>)。

なお、本件交差点は、原告の進行方向左側に沿って溝があり、左角に三角状の窪みと段差が存在しており、被害車両は、右窪みと段差に近接した位置に駐車されていた(<証拠略>)。

(二) 原告は、本件交差点から約三〇分程度の距離にある山陽自動車道高坂パーキングエリアで停車し、本件車両に損傷がないか簡単に確認した後、同日午前七時ころ、被告山口店に到着したが、その際、本件車両に損傷がないか等の降車時の点検を行わず、同店事務所にて簡単な事務整理をした後、同店仮眠室で休憩に入った(<証拠・人証略>)。

他方、被害車両の所有者から被告尾道店に対し、同日午前七時三〇分ころ、被害車両の損傷が被告所有の車両によるものではないかという問い合わせが入り、被告山口店の従業員中村が、同日午前八時すぎに、同尾道店から、その旨の問い合わせを受けたため、同日午後、休憩中の原告に対し、運行中に車の衝撃や異常がなかったか確認したところ、原告から「知らない。」との返答があった(<証拠・人証略>)。

(三) 同日夕刻、原告は、被告山口店と同三次店を往復する業務に従事するため本件車両を運転したが、同山口店出発にあたり、車両点検は行わなかった。そのため、原告は、翌二〇日午前七時三〇分ころ、同山口店に帰着して本件車両を点検した時、はじめて前記(一)の損傷があることを発見した(<証拠・人証略>、弁論の全趣旨)。

原告は、右損傷を発見した際、本件交差点を左折したときに何かと接触したために生じた傷かもしれないと感じたものの、特に、これを報告するため下津の居場所を探すことなく、他の被告従業員にも右損傷に関する報告をせずに帰宅した。なお、下津は、同日午前一〇時ころまで、被告山口店事務所内で勤務していた(<証拠略>)。

(四) 下津は、同日夕刻、本件車両の始業点検をした運転手から本件車両に前記損傷がある旨の報告を受けたこと及び、同日午後四時三〇分ころ、被告照会センターから本件事故に関する連絡を受けたことから、本件事故が原告によるものではないかと考え、翌二一日朝、被告本社に連絡したところ、被告本社から、本件事故当時の本件車両のチャート紙を提出させ、事案の真相究明をした上、報告書を提出するようにとの指示を受けた(<証拠・人証略>)。

下津は、同日夕方に出勤してきた原告が右損傷に関して報告に来るのを待っていたものの、始業点検を終了した時点においても報告がなかったことから、自ら原告の方に赴き、本件事故に関する事情聴取を始めた。その際、原告は、下津に対し、本件事故につき、「わしが事故を起こしたのかもしれん。たぶん、わしじゃろう。」「傷がある以上、自分が接触したかも知れない。」などと答え、本件事故当時に音には気づかなかったのかとの質問に対しては、「ラジオをかけていたため、何の音かはっきりしなかった。」と、また、なぜ報告をしなかったのかとの質問に対しては、「この程度なら・・。」と返事をした(<証拠・人証略>)。

また、原告は、下津に対し、本件事故当時、本件車両にチャート紙を装着することを忘れていた旨の返事をした(<証拠略>)。

(なお、原告の右時点で下津からチャート紙について質問を受けていない旨の供述(<証拠略>)は、下津が、その当時、すでに原告にチャート紙の提出を求めるように被告本社から指示を受けていたことに照らし、信用することができない。)

(五) 原告は、この時、下津に対し、本件事故については、被害弁償をするから尾道店との間で穏便に解決してほしいと依頼したが、これを受けて尾道店に電話した下津から、本件事故についてはすでに被告本社にも連絡が入っており、もはや穏密に処理できる段階ではない旨を聞かされた。にもかかわらず、原告は、下津から被害車両の所有者の父親が被告三次店の従業員である旨を聞いたことから、直接、被告尾道店の店長や右従業員に電話して穏便な解決を依頼し、右従業員から被害弁償をしてくれればよい旨の返事を得たことから、これを下津に連絡するなどした(<証拠・人証略>)。

(六) 下津は、原告のこのような言動を見聞きして、一方では弁償するから穏便に処理してほしい旨の発言をしているが、本件事故そのものの責任については明確に認めていない態度であると評価し、その旨を当時被告本社人事部人事担当課長であった川原幸博(以下単に「川原」という。)に報告したところ、川原から、被告広島支店長同席の上で再度原告の事情聴取を行い、原告が本件事故を認めるのか否か確認するようにとの指示を受けた(<証拠・人証略>)。

また、下津は、被告山口店に勤務する他のトラック運転手から事情聴取を行い、原告が本件車両の前記損傷を気づかなかったということはありえず、チャート紙の入れ忘れは考えられないとの意見を得た(<証拠略>)。

(七) 下津は、同月二五日、被告広島支店長木村和義の同席のもと、原告に対し、再度の事情聴取を行ったが、その際、原告は、下津らに対し、本件事故当時、音が聞こえたことを認めながらも、音の原因については、スプリングやタイヤがバウンドし、軋んだ音かもしれないと思ったと述べ、本件車両の前記損傷についても、今回の程度のタイヤやバンパーの傷は、車両接触事故以外の原因でも生じることがある旨話をした。また、原告は、チャート紙についても、入れ忘れて申し訳ありませんとの返答を繰り返すのみであった(<証拠・人証略>)。

下津は、原告の右弁明を聞いて、本件交差点では、それほどの速度で左折したとは考えられないから、車がバウンドすることはないと判断し、原告の説明を本件事故の責任を認めないあいまいな言い方と評価するとともに、原告がチャート紙も隠しているのであろうと考えた。そこで、下津は、本件事故は原告が被害車両に損害を与えたことをその当時に認識しながら、あえて放置した当て逃げ事案であると判断し、それにもかかわらず、原告が故意に被告に本件事故の報告をせず、不自然、不可解な弁明に終始する行動は、被告の社会的信用失墜及び社内規律を乱す行為である旨の意見書並びに報告書を同月二六日、被告賞罰委員会へ提出した(<証拠・人証略>)。

(八) 被告は、右書面の提出を受け、本件事故は原告が発生させたものか、また、本件事故発生当時、原告には本件事故を起こした旨の認識があったかの二点につき検討したところ、弁護士から、専門家の鑑定を受けてはどうかという助言を受けた。しかし、被告は、本件車両の他に本件事故を起こしたと疑われる該当車両がないこと、本件車両と被害車両の損傷状況を照合すると、同一事故によるものと合理的に推認できることから、本件事故を原告が発生させたことは明らかであると考え、本件事故の認識についても、本件車両の損傷状況によれば原告が事故に気づかないはずはなく、本件事故を発生当時から認識していたものと考え、専門家に鑑定を依頼することなく、本件事故を原告による当て逃げ事案と断定して、懲戒処分が相当であると判断し、同年一〇月二三日、二六日、三一日の三回にわたり賞罰委員会を開催して協議をした結果、就業規則第一四二条四号及び一三号による諭旨解雇が相当との結論に至った(<証拠・人証略>)。

2  就業規則該当性

(一)(1) まず、本件事故の態様につき検討すると、前記1(一)によれば、本件事故は、原告が、本件交差点を左折するにあたり、左側周辺の状況を注視して進行すべき義務を怠り、漫然と進行した過失により、物損事故を起こした事案といえる。

そこで、前記第二、二(争点に関する当事者の主張)1(一)(被告の主張)(1)のとおり、本件事故当時、原告が、被害車両に損害を与えたことを認識しながら、あえてこれを放置したか否かにつき検討する。

<1> 確かに、前記1(一)ないし(三)によれば、原告は、本件事故の際、何らかの衝撃や音を感じたために、高坂パーキングエリアに停車し、本件車両に損傷がないか確認したと推認できること、本件車両の前記1(一)の損傷は、その際、注意して確認すれば見落とすほどのものとはいえないことが認められる。

<2> しかしながら、前記1(一)のとおり、本件交差点には、原告の進行方向左側に沿って溝があり、左角には窪みと段差が設けられていたこと、被害車両は窪みと段差に近接した位置に駐車されていたことを考慮すると、本件事故当時、原告が、本件交差点を左折するにあたり、その左角の窪みと段差に本件車両の左側後輪がかかる形で曲がった場合には、前記1(七)のとおり、左折の際衝撃や音を感じたとしても、これをスプリングやタイヤが左角の窪みや段差でバウンドしたものと誤信することもあながち不自然ではなく、原告が当時、音や衝撃を感じたことによって、直ちに、原告に被告(ママ)車両との接触の認識があったとまでは推認できない。そうであれば、原告が高坂パーキングエリアで本件車両の周囲を簡単に見廻る程度のことしか行わず、その後、被告山口店に帰着した際にも降車点検をせず、漫然と放置したことや前記1(四)及び(七)における下津らからの二回にわたる事情聴取の際の原告の対応も、その行為が職業運転手として適切か否かという問題は別として、本件事故により、被害車両に前記1(一)の損傷を生じせしめたとの認識がない原告の行動としては、特に不合理なものとは言えない。

また、前記1(六)及び(七)によれば、原告が本件事故を起こした際、被害車両に損害を与えたことを認識しながら、あえてこれを放置したか否かについての下津の判断には、その相当部分において、下津らの事情聴取時における原告の言動や、原告と同様に被告の業務として長距離トラックの運転に従事している者たちの個人的な意見を加味した推測が含まれていると認められる。

そうであれば、前記<1>の事実によっても、本件事故当時の原告の認識として、何らかの事故を生じさせたのではないかとの未必的認識を有していた以上のものがあったとまで認めることはできず、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(2) 次に、本件事故後の原告の行動につき、検討する。

<1> まず、前記1(三)及び(四)によれば、原告は、同年九月二〇日に被告山口店に帰着した後の降車点検により、本件車両の前記1(一)の損傷に気づいた後も、下津から事情聴取を受けるまでの間、下津や他の被告山口店の運行管理従業員などに対し、自発的に本件車両の損傷を報告することが可能であったにもかかわらず、何ら報告を行わなかったことが認められる。

しかしながら、前記(1)のとおり、原告は、当初から、被害車両に前記1(一)の損傷を与える本件事故を起こしたという認識があったとは認められないこと、原告は、他の運転手が本件車両を使用するにあたり始業点検をすれば、本件車両の損傷を発見し、被告の知るところになるであろうことを容易に認識し得たにもかかわらず、下津から事情聴取を受けるまでに、右損傷が被告に発覚することを妨げる行動をしていないことから、原告が意図的に本件事故の報告を怠ったとまでは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

<2> 次に、下津らから二回にわたる事情聴取を受けた際の原告の応答の様子について検討すると、前記1(四)によれば、初回の事情聴取の際、原告は下津に対し、本件事故に自分が関わった可能性を認める旨の発言をしたものの、本件事故を起こしたことや直ちに事故の報告をしなかったことについて素直に謝罪をしていないこと、また、前記1(七)によれば、二回目の事情聴取の際にも、本件車両の傷は、車両接触事故以外の原因でも生じることがある旨を述べていることなどが認められ、原告が本件事故に関する責任を回避し、事後の報告を怠ったことを正当化していると受け取られてもしかたがないような誤解を招く言動を行っていたことが推認される。

しかしながら、前記(1)のとおり、原告には、下津から事情聴取を受けるまでは、自分が本件事故を起こし、被害車両に前記1(一)の損傷を生じさせたという具体的認識があったと認められない以上、下津からの初回の事情聴取における本件事故に関する原告の応答が、具体的な本件事故の状況につき認識を持った後である下津らからの二回目の事情聴取における原告の応答より不明確であったり、結果的にその細部に食い違いが生じることもやむを得ないというべきであり、前記1(四)及び(七)によっても、原告が下津らからの二回にわたる事情聴取の際、ことさら不自然、不可解な弁明に終始したとまでは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

<3> なお、被告は、原告が本件事故をもみ消すための工作をしたと主張する。

確かに、本件事故は、原告が被告の業務に従事していた際に発生したものであり、前記1(五)のとおり、原告が独断で被害者らと交渉をして解決すれば足りるものではないといえるものの、原告の右行動が本件事故をもみ消す意図で行ったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告の右主張は認められない。

<4> また、被告は、原告が本件事故当時に本件車両に装着していたチャート紙を破棄したと主張する。

しかしながら、本件事故当時、被告山口店においては、運行管理責任者によるチャート紙の管理が徹底されておらず、各運転手自身がチャート紙を管理し、発車する前に装着する方法を採っていたため、装着忘れの事案が生じる状況にあったことが窺われ(<証拠略>、弁論の全趣旨)、単にチャート紙が存在しないとの事実のみで、直ちに、原告がこれを破棄したことを推認するには足りないと言わざるを得ず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二) 以上の認定事実により検討すると、前記(一)(2)<1>及び<2>の原告の下津らに対する行動は、前記(一)(1)のとおり、被告の業務としてトラックを運転中、自らの過失により本件事故を引き起こした被告従業員の被告への対応としては、誠実さに欠ける面があり、被害者から使用者責任を問われる被告の早期の対応を遅らせ、企業としての社会的信用を害するおそれがある行為であるとともに、使用者たる被告との労働契約上の信頼関係を損なう行為というべきであるから、原告は、本件事故発生及び爾後の対応について、本件就業規則に基づき、被告から何らかの懲戒処分を受けてもやむを得ないというべきである。

しかしながら、前記(一)(1)のとおり、原告は、本件事故につき、被害車両を損傷したことを認識しながら、あえてこれを放置したとまでは認められないこと、前記(一)(2)<1>及び<2>の原告の行動が、被告に損害を加える意図またはそのおそれがあることを認識しながらなされたものとまでは認められないこと、被害者側との間では、被害車両の損壊につき、修理代金を被害者側に交付することで被害弁償が円満に終了していること(<証拠略>、弁論の全趣旨)、具体的に被告の社会的信用を失墜させる結果の発生が認められないことに加えて、解雇処分が労働者に与える影響の重大性を考え併せると、前記(一)で認定した本件事故の態様及び爾後の原告の対応が、懲戒(諭旨)解雇処分該当事由としての本件就業規則第一四二条四号または一三号に該当するとまではいえず、また、同条一九号により、解雇処分とするのは、懲戒処分としては重きにすぎ、本件が同号に該当するということもできない。

3  本件処分の効力

よって、原告に対してなされた被告の本件処分は、就業規則の適用を誤り、懲戒(諭旨)解雇事由がないにもかかわらず行われたものであるから、争点1(二)及び(三)につき判断するまでもなく、本件処分をする旨の意思表示は無効である。

二  争点3(中間収入の控除の有無及びその範囲)について

1  使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間中に他の職について収入を得た場合、解雇期間中に使用者が支払うべき賃金債務のうち六割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に労働者が得た右収入を損益相殺として控除でき、その範囲で前記第二、二(争点に対する当事者の主張)2(被告の主張)を認めることができるところ、前記第二、一争いのない事実4によれば、原告の本件処分直前三か月の平均月額賃金四二万〇四八七円の六割を超える部分が一六万八一九四円であり、同4及び5によれば、原告は、本件解雇期間中の右賃金支払対象期間である<1>平成九年二月一六日から翌三月一五日までに金一三万〇九二五円(平成九年二月一六日以後である同二月分の収入金三万〇四五〇円に同三月分の収入金二〇万〇九五〇円を二分した金員を足した額)、<2>同月一六日から翌四月一五日までに金一九万七〇二五円(右三月分の収入金二〇万〇九五〇円を二分した金員に同四月一五日までの四月分の収入金九万六五五〇円を足した額)をそれぞれ収入として得ていることから、<1>の期間につき一三万〇九二五円、<2>の期間につき金一九万七〇二五円のうち右平均月額賃金の六割を超える部分である一六万八一九四円を被告が原告に支払うべき賃金相当額の中から控除でき、よって、原告が請求する平成七年一一月一六日から平成九年四月一五日までの期間を対象として被告が支払うべき賃金は、金六八四万九一六〇円(本件処分直前三か月の平均月額賃金四二万〇四八七円を基礎として、右期間である一七か月分の賃金合計額から<1>及び<2>の期間における前記控除金を除いた金員)となる。

2  なお、前記第二、二(争点に関する当事者の主張)2(原告の主張)(一)及び(二)は、原告独自の主張であり、採用することはできない。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認並びに平成七年一一月一六日から平成九年四月一五日までの賃金(右損益相殺後のもの)六八四万九一六〇円及び平成九年五月から本判決確定に至るまで毎月二五日限り月額賃金四二万〇四八七円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(平成一〇年五月二〇日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 渡邉了造 裁判官 阿多麻子 裁判官 坂上文一)

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